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【2】ブランシュ・ド・ブルボン

1352年、フランスとカスティリアが交渉を行っている頃には、ドン・ペドロはすでにマリア・デ・パデリヤと出会っていた。
ブランシュがバリャドリドに到着してから結婚式が行われるまで4ヶ月が過ぎていたが、この間も持参金の支払いについては解決できないままだった。フランス王は最初のクリスマスの支払いを拒否していて、引き渡しているのはブランシュの出国時に支払う25,000フロリンのみ。
ドン・ペドロもまた協定に追認を与えず、マリアと生まれたばかりのベアトリスとともに過ごしていた。それでも結局、ダルブルケルケと王太后の圧力により1353年6月3日結婚式は挙行されたが、その2日後、といっても正確な資料はなく、アヤラもその理由を詳しく述べてはいないが、ドン・ペドロはブランシュのもとを去った。
ドン・ペドロが彼女を捨てたのは、ブランシュがバリャドリドへの旅の途中で王の異母兄ファドリケと恋仲になったからだという噂が流れ、また、マリア・デ・パデリヤへの愛も引き合いに出されたが十分な説明にはならない。
それは、ブランシュの唯一の相談役を任された教皇インノケンティウス6世とドン・ペドロが交わしていた書状の中に見ることができる。教皇は王妃のもとに戻るよう王に勧告したが、ドン・ペドロは「ブランシュは王が不貞を働いていると感じていてそのため結婚を継続することはできないと告白した」と申し立てた。教皇はこれらの手紙に述べられた理由を浅薄なことと思い、王妃の告白とは、よく考えもせず無理やりに引き出されたものであろうと考えた。
ドン・ペドロはフランス王との協定のほか、彼を服従させていた親族や側近たち、バリャドリドに滞在するフランスの使節団の強い圧力により結婚させられた。しかし2人だけになったとき、おそらくブランシュはすでに王妃であることで少しもためらうことなく、フランス王が持参金の支払いに充分足りる資金を調えていなかったこと、彼女の出発の遅延とバリャドリドまで多くの町に寄り続けたことはそれが原因だったのだ、と王に打ち明けたのだろう。
ドン・ペドロが契約に定められた町とその収入について一度もブランシュに授与しなかったこと、フランス王の負担で準備された嫁入り道具など、彼女の財産についてジャン2世が一度も返還を要求しなかったことがこの裏付けとなるだろう。奇妙なことにジャン2世はブランシュの放置に対して一度も公然と抗議をせず、彼女のためにとりなすこともしなかった。
王妃のために争いを続けていたのは、教皇インノケンティウス6世ただ1人だった。しかしその試みは無駄に終わり、ドン・ペドロとホアナ・デ・カストロの結婚による王国の破門も、王のふるまいに影響を及ぼすことはなかった。
教会の分裂により教皇のイメージは悪化しはじめ、2人の教皇の存在によりその権力は徐々に変化していた。アビニョン教皇は信仰や道徳よりも社会的、経済的権力を持ち、戦においてフランス貴族やエンリケ、テリョ、そしてアラゴン王国と手を結んだ。ドン・ペドロはイネストロサ、パデリヤ一族、何より領主制に危惧して権利を主張し始めていた中産階級の勢力を最大の拠りどころとした。

王の拒絶の後、ブランシュはある時期を王太后とともにメディナ・デル・カンポで過ごした。しかし、カスティリアで貴族の反乱が起きたとき、王命によってアレバロへ移され、後にトレドへ幽閉された。この間も王妃と教皇の書簡は交わされつづけ、ブランシュの手紙にはドン・ペドロが彼女に非常な窮乏を強いていることがほのめかされている。これはまったくの偽りで、トレドの住民にブランシュとブランシュ派を支持させ、反乱を起こさせるよう仕向ける道具として使われた。これによりトレドの住民の支持を得ることができたブランシュは、幽閉されていたアルカサルを捨ててカテドラルへ逃げ込んだ。そこから夫の威信を失墜させるためはたらきかけ、用意できる全ての金を彼女のために活動している派閥へと送っている。信奉者は増大し、王国での地位に自信をつけた彼女はアルカサルへと戻った。ドン・ペドロはトロで囚われの身となり、貴族らに押し付けられた降伏文書に署名しなくてはならなかった。
後にドン・ペドロはおばのエレーナ(レオノール・デ・カスティリア・イ・ポルトガル)とその息子であるアラゴン親王の助けを得て脱出を果すが、彼らの協力を得るには多くの領地を約束しなくてはならなかった。ドン・ペドロの復讐心は、多くのブランシュ派信奉者への迫害、殺害とともにぶり返し、彼らの多くはフランスやアラゴンに亡命した。
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