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【1】ブランシュ・ド・ブルボン

その昔、ヘレス・デ・ラ・フロンテラとメディナ・シドニアとの間で、どちらがブランシュ・ド・ブルボンの最期の地となったのか、彼女の真の死因はなんだったのかについて論争が起こったそうだ。
それについてまとめられたサイトがあったので最小限引用のうえ(と言っても結構長くなりそうな)紹介したいと思う。
ブランシュ・ド・ブルボンは現在ヘレスに眠っているので当然ヘレスに幽閉されてそこで亡くなったと私は思いこんでいた。




1859年、1枚の石碑によってヘレス・デ・ラ・フロンテラとメディナ・シドニアとの間にある争いが引き起こされた。この石碑には金文字で「カスティリア王ドン・ペドロの妻ドニャ・ブランカ・デ・ボルボン、弩の射手の手により1361年その生涯を終えた」と記されていた。ブランシュはヘレスにも幽閉されていたため、彼女がどこで亡くなったのか、そしてその死因についても論争されたのであった。

アルフォンソ11世亡き後、アビニョン教皇クレメンス6世とフランス王ジャン2世は結託し、マリア王太后と宮廷に対し、両国間の同盟強化のため姻戚関係を結ぶことが必要であるとする書状を送付した。当時、イングランドと百年戦争を繰り広げていたフランスにとって、英仏海峡の制圧は重要不可欠であり、そのためにはビスケー湾に配備されているカスティリア王国の船団は重要な存在であった。
カスティリアはフランドルに羊毛を輸出していたが、イングランドで盛んになり始めていた毛織物産業との縄張り争いのため、この船団はたびたびイングランドの襲撃を受けていた。また、フランスの花嫁がもたらすであろう多額の持参金は、カスティリアにとっては対アラゴン戦の資金源でもあった。

1352年7月2日、両国の新たな同盟と結婚の契約について取決めが行われ、この結婚契約書には次の通り定められた。

・フランス王は持参金として金300,000フロリンを次の通り支払うこととする。
  次のクリスマスに25,000フロリン
  ブランシュがフランスを出国するときに25,000フロリン
  毎年のクリスマスに50,000フロリンを、金300,000フロリンに達するまで支払う。

・カスティリア王は、アレバロ(アビラ)、セプールベダ、コカ(セゴビア)と、マヨルガ(レオン)の町を授与し、またその収入も同様とする。これらの収入がカスティリア王太后に及ばない時は、同等に達するまで他の町を授与しなければならない。

・ブランシュが後継者なくして亡くなったときには、持参金として受取った金額をフランスに返還しなくてはならず、王妃に授与されたカスティリアの町は再び王国に返還される。


この契約条項の取決め、署名、義務遂行に関してブランシュの父の介入は一切なかった。また、彼女がカスティリアに持ち込む豪華な嫁入り道具の準備など、全てがフランス王の負担により処理された。

最初のクリスマスの支払いを繰延べるため、フランス王はブランシュの出発を11月まで遅らせた。彼女の旅は、バニョル、ニームなど多くの町に立ち寄りながら進められ、ナルボンヌでフランス王に引き止められてクリスマスを祝った。ここで7月になされた協定への両王の追認と、それぞれの義務の履行を要求する大使たちの会談が行われたが実りはなかった。ブランシュは新教皇インノケンティウス6世を訪問すべくアビニョンへの旅を続け、1353年1月にバルセロナ、2月にバリャドリドへ到着した。ドン・ペドロはフランス王の術策にはめられたと感じていた。
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