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ベアトリスの行方

「ドニャ・マリア・デ・パデリヤ-残酷王ペドロの良天使-」DOÑA MARIA DE PADILLA: EL ANGEL BUENO DE PEDRO EL CRUEL(Carlos Ros/editorial castillejo)に、ベアトリスのその後の運命について気になる記述を見つけた。
ドン・ペドロの娘たちのうちベアトリスの生涯についてはさっぱり不明。
多くの本にはトルデシーリャスの修道院に隠遁し、ドン・ペドロと同じ年に亡くなったと記されているだけ。
ベアトリスがどのような経緯で修道院に入ったのか、なぜ彼女だけが亡命先のバイヨンヌからカスティリアに戻ったのかは情報が得られていない。

1366年6月、ドン・ペドロは娘たちを連れ黒太子のいるバイヨンヌへ渡り、この年のクリスマスと1367年の年明けを娘たちと過ごしたのちドン・ペドロはカスティリアへ向かうが、娘たちは援助の質としてバイヨンヌにそのまま留め置かる。コンスタンシアとイサベルはおそらく、再びカスティリアの地を踏むことなくイングランドに渡ったと思われる。

本書によれば「ベアトリスは(おそらくドン・ペドロの死後)古い慣習に従って修道院に隠遁したと伝えられているが、ポルトガルの年代記作者は彼女がバイヨンヌで亡くなったと推論している。その後、他のいくつかの年代記でも、ベアトリスはバイヨンヌを流れるアドゥール川のあたりを散策中、溺れて亡くなったと記されている。1367年の夏を迎える前、13歳か14歳であっただろう」ということだ。

ピレネー山脈からビスケー湾に流れ込むアドゥール川は非常に水量の多い川であったらしく、もしかするとベアトリスは行方知れずのままになってしまったのだろうか。そんなわけでトルデシーリャスにもセビリアにも亡骸が残されていないのだろうか。

1367年4月にはエンリケ、フランスの傭兵軍とドン・ペドロ、イングランド軍がナヘラで激突。これに勝利したドン・ペドロはしばらくトレドに滞在した後、6月にはコルドバでロペスへ無慈悲な命令を出し、その後向かったセビリアでは大粛清を行った。
これまでのドン・ペドロから見ると無気力とも思える1368年が過ぎ、1369年3月にその生涯を終えた。
もしベアトリス溺死説が真実だとしたら、ドン・ペドロの破滅的な行動は最愛の娘を失ったことに起因するものなのだろうか。
イネストロサを失った時、マリアを失った時、ドン・ペドロは大切な誰かを亡くすたびにどんどん破滅的な生き方を早めていくように見える。

ベアトリスについてはこれからも情報収集していくつもり。
それにしてもしっかり者のベアトリスがいったいどうして…
川に落っこちた子羊を助けようとでもしたのだろうか(涙
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非公開コメント

あっ、すごい。
くみぞうさんの推理、流石です。
やはり多くの本や資料を読んでおられるからですね。
ベアトリス13~14歳の溺死説の方が、ドン・ペドロの気持ちとしっくりいきますね。彼女には、可哀想だけど。
もう一つの、父王と「同年」に亡くなるというのは、毒殺(他殺)や自殺を考えてしまいますー(泣)

いくらなんでもお墓がないのは妙だと思っていたんですけど、ああ、川に流されて遺体も見つからなかったとすればそれも納得。
でもなぜカスティーリャの年代記ではその説を採用してないのでしょう。
政治的な意図があって王女の死を伏せたのでしょうか。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Adour
たしかに大きな川だ……。
ドレスなんか着てて落ちたらひとたまりもなさそうです。
父娘そろって水とは相性が悪かったんですかねえ。
遺体は大西洋のもくず?(涙)
いやいや下流のほうでひっかかってるのを村人に発見されてひそかに埋葬された、と思いたい…。

http://homepage.mac.com/crowns/
関係ありませんが、こんなサイトがありました。
人名が一律英語表記なのがアレですが(ドン・ペドロがピーター1世って…)、王族墓リストは超べんりー。
王&王妃レベルくらいまではだいたい網羅してるみたいです。
アルフォンソ11世はコルドバに埋葬されているのですね。
マリア母太后がセビーリャに眠っているのはなんとなく意外でした。
レオノール・デ・グスマンはどこにいるのだろう…。

ワルツ様へ
ひゃ~~照れますです!
推理というほどではありませんが色々想像してみるとなんだか私まで王様のように無気力になったりしたのですー
ドン・ペドロの死と同年ということであれば、やはりエンリケによる毒殺かなーとか、いやいやきっとペストだよ、とか思ったりしてたのですが、ここにきて新たな説の登場に驚くやら納得するやらです。
かわいそうだけれど身内の手にかかって亡くなるよりは、そして王様の無残な最期を知らずにすんだのは事故死の方がましなのかもしれません…(合掌

Mlle C様へ
多分昔はもっと水量も多く流れも激しかったでしょうから…ねぇ
下流で奇跡的に尼さんに拾われてひっそり暮らしたかもしれません←浮船?
もしこの説が真実だとしたらやはり政治的な意図で隠蔽されたのでしょうねー
野心的なジョン・オブ・ゴーントがどうしてベアトリスじゃなくコンスタンシアと結婚したのかと疑問に思ってたのですが、もしかしたらすでにベアトリスが亡くなっていたためかもしれないですね(涙

Mille C様へ:その2
王族墓リスト!すごい!英語だけど!!
いつか墓巡りをするためにと私も書き溜めておいたのですが、スペインのサイトではせいぜい王様のリストくらいしかなかったり、意外とまとまってなかったりで困ってました。ありがとうございます!
アルフォンソ11世=コルドバは知っていましたがマリア王妃がセビーリャにいたとは…!
弟王に追い払われたのでしょうか。
そしてこちらのサイトにも載ってましたが最近ファナ(ホアナ)・デ・カストロがサンティアゴ・デ・コンポステラに埋葬されていると知ってビックリしてたところです。かつて王妃の称号を得た方ですし、病院などの寄進をしていたためかも??
王族の間にいらっしゃるようなのでロド兄様はご一緒ではないのでしょうか…
アラゴン王ペドロ4世が妻全員と一緒にいるというのがなんとも彼らしくないですか?(笑
ブス姫ホアナ(かなり好きなキャラ)も確か一緒のはずです。

Mille C様へ:しつこくてスミマセン
レオノール・デ・グスマンの石像がレオンのカテドラルに残されているようなのです。
で、勝手にレオンにいるんだろうと思っていたのですがどうもそのような記述が見当たらず…
愛妾ゆえの悲哀を感じます(涙

>下流で奇跡的に尼さんに拾われてひっそり暮らした
その説希望!
王女は川に落ちたショックで記憶を失っていて…(妄想中)
>マリア王妃
「姉さんの愚痴にはもうつきあいきれないよ! 頼むから息子の所に帰ってくれ」
「お待ちペードロ! 姉をないがしろにするのですか!」
みたいなやりとりがあったのでしょうか…
あのポルトガル王、わりと薄情っぽいし。
>ホアナ・デ・カストロ
故郷のガリシアにいるのですね~。
サンティアゴ・デ・コンポステラなら王妃にふさわしい墓所。
お兄さんはカストロ家の菩提寺(どこ?)にいるのでしょうか。
>ブス姫
顔に似合わず乙女ちっくなホアナ、私も好きです(笑)
系図を調べてその後彼女が結婚したことを知り、安心していたのですが(親戚のオバチャンか)、パパの元で眠っているのですね。
ペドロ4世のホームドラマも実はかなり好きです……
王妃や長男(鼻くそほじって飛ばしてる子)のキャラもすばらしい。

レオノール・デ・グスマンの石像、ぐぐって発見しました。
http://www.castillosdejirm.com/enriqueII.htm
王様派にはいろいろと不快なページですが(笑)、この上右側にいるのがレオノールですね。
こんな写真もありましたが隣りにいるのは誰かしらん。アルフォンソ11世?
http://gblx.cache.el-mundo.net/ladh/numero76/imgs/leonor_de_guzm_n_portada.jpg
レオノールは処刑されてしまったのでその時は適当に埋葬されたのかもしれませんが、その後エンリケがあのように成り上がったのだから、その気になれば盛大に改葬とかできたと思うんですよね。
そうしてないとしたら、エンリケ的には愛妾だった母は忘れたい存在だったのか?
それとも私たちが知らないだけで、実はエンリケや孫たちと一緒にトレドのカテドラルにいるのでしょうか。

Mlle C様がリンクはってくださったサイトを拝見させていただきましたが…何せスペイン語わかりませ~んですので間違ってたらごめんなさい。
あのトンスラ頭の白い石像はエンリケでしょうか?…「ぷっ!」
やはり王様(ドン・ペドロ様)と比べると…
どっかのオッサンって感じです。
ベアトリス王女もまさか…あのトンスラオヤジの手にかかって亡き者にされたのでは?とクライことを思ってしまったり。
エジプト王家のキャロルの様に、アドゥ―ル川の流れでタイムスリップして、記憶をなくして20世紀に流れ着き今もスペインのどこかで幸せに暮らしているとかおバカな妄想でもしていないとやりきれません…
ブス姫ホアナは史実でもブスだったのでしょうか?!
どうかいい旦那様と可愛い子供達に恵まれた幸せな一生をおくれましたように。

Mlle C様へ
私もブス姫ホアナの行く末は気になってたので無事嫁いだと知ったときはホッとしました←親戚のおばちゃんその2
おお!レオンの石像、それです~~!
お隣にいるのはやはりアルフォンソ11世なんでしょうかね??
エンリケは最初サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダに埋葬されて、ファン1世の時代にトレドに移されたようなんです。でもレオノール・デ・グスマンが一緒に埋葬されたり移葬されたような記述は見当たらず…
でもどこかで見かけたような気がするので資料をあさってみます~

RINO様へ
トンスラおやじはエンリケですよ~。ふふふ
ベアトリスが川で亡くなったのだとしたら、おそらく事故死なのだと思います。
ドン・ペドロの娘たちは黒太子の厳重な庇護下におかれていたし、イングランド兵たちは幼い王女たちに手をかけるようなことはしないかと…
イングランドやフランスにはイベリア半島とはまったく異なる騎士道が存在してたんですよねぇ。ふぅ
>ブス姫ホアナ
アヤラの記述に基づくメリメの史伝ではそのように書かれていますが…真実はいかに??
La petrista del siglo XXI

くみぞう

Author:くみぞう

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