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イサベル

ドン・ペドロとマリア・デ・パデリヤの三女。
トルデシーリャスにて生まれる(1355-1392)

2人の姉とともにバイヨンヌに留め置かれたのち、エドワード三世の五男、黒太子の弟ヨーク公エドムンド・オブ・ラングリー(1341-1402)と1372年に結婚。前年、姉コンスタンシアは、エドワード三世の四男でエドムンドの兄であるランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの後妻となっている。
2人の間には3人の子どもが生まれる。

 長男 二代目ヨーク公エドワード(アジャンクールの戦いで戦死)
 長女 コンスタンス
 次男 ケンブリッジ伯リチャード・オブ・コニスバラ(ヘンリー四世暗殺に関与したとして処刑)

コンスタンスはグロースター伯トマス・スペンサーと結婚し、その娘イザベルの娘アン・ビーチャムの夫は「キングメーカー」リチャード・ネヴィルである。

兄のランカスター公と違い、ヨーク公エドムンドは権力に対する欲望もなく、シェイクスピアの「リチャード二世」には弱すぎるかとも思える人柄の一片がうかがえる。
イサベルの結婚生活は温和な夫と子供たちに囲まれて幸せなものであったと思いたい。

なお、コンスタンシアとイサベルの埋葬場所をご存知の方、教えてください!
お願いします!
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tag : エドムンド

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コンスタンシアの埋葬場所
St Mary, Leicester, Leicestershire, England
レスターにあるSt. Mary de Castroの事だと思うのですが裏は取れていません。
http://www.users.surfaid.org/~tdoughty/welcome.htm
イサベルの埋葬場所
Church of the Dominican Friars, Herts, England
1393年1月14日に埋葬されたようですが、現在ハートフォードシア(Hertfordshire)州にドミニコ修道士教会はないようなのです。
英国ドミニコ修道士会 http://english.op.org/

ジョン・オブ・ゴーントは先妻さんと一緒にロンドンに眠っているのに、コンスタンシアはレスターに埋葬されているのですね。ちょっとカワイソ。
イサベルの葬られた修道院の歴史らしきものがありました。↓
http://www.british-history.ac.uk/report.asp?compid=37971
リチャード二世もいったんはここに埋葬されたのか。
調べてみたところ、この修道院がなくなった後、エドマンド・オブ・ラングリーの遺体はparish church of King's Langleyに移されたという記述を発見しました。
http://www.britannia.com/bios/royals/eldkyork.html
で、さらに調査を続行するとエドマンド・オブ・ラングリーの墓の写真を発見(画面右側あたりの彼の名前にマウスオン)。
http://www.kingslangley.org.uk/local-info.htm
どうやらAll Saints Churchというのが前述のparish church of King's Langleyの正式名称らしいですね。
イサベルも旦那様と一緒にここにいるそうです。
http://www.dacorum.gov.uk/dbcweb/Default.aspx?page=2745

ねこだましい様へ
わ!早速の情報ありがとうございます!
さすが英国通のねこだましい様♪
あぁでも英語英語…苦苦苦の苦…
アルファベットはスペイン語とほぼ同じなのに目で追うのがとても疲れて…気がついたら寝てました(汗
コンスタンシアはレスターにいるのですね~
英国内の距離感がイマイチつかめないのがちょっと…明日Mapでも買いに行きたいと思います。あぁ、でもMapには英語が並んでるのですね…

Mlle.C様へ
>ジョン・オブ・ゴーントは先妻と
あぁ!あまり考えたことがなかったですがやはり数人の妻がいる場合、一緒に葬られるのは1人なんですかね??
1人ぼっちでレスターに眠っているとしたらちょっとかわいそう…
そしてイサベルは夫婦仲良く眠っているのですね~~!
ということは2番目の妻はやはりどこかで1人眠っている…?
まずい。まずいです。ますます旅に出たくなりました…
飛行機代は問題ないとして(マイルがある♪)休みがもらえないだろうなぁ。うぅー
キャサリン・オブ・アラゴンはピーターバラ寺院に眠っているのですね。あぁ、ここにもお参りに行きたい…

いったん調べはじめたら止まらなくなり、鬼のようにネット世界をかけずりまわってしまいました…仕事中に。
そして携帯から投稿しました。←仕事しろよ
こういうことを調べている時が一番楽しいです。へっへっへっ
>数人の妻がいる場合
これは「葬る人」の意向に任されるのかも。
イサベル女王のお母さんは後妻だったにも関わらず夫と一緒に埋葬されてますが、たぶんイサベルの一存でそうなったんじゃないかなー(先妻(エンリケ4世のママ)はどこへ行ったのかしら)
ジョン・オブ・ゴーントの場合は家督を継いだのが先妻の子だからそっちが強かったのでしょう。。
近代の王様はみんな王家の霊廟に一緒に眠ってたりしますけどね。
そうそう、ラングリーもレスターもロンドン近郊らしいですよ。

Mlle.C様へ
あぁ!なるほどです!
そういえばジョン・オブ・ゴーントの最初の妻ブランシュは、初代ランカスター公の父からランカスター、ダービー、リンカーン伯を相続したのですよね。
ジョン・オブ・ゴーントは妻の権利でランカスター公を名乗ってますから…頭が上がらなかった、と(笑
それにしてもコンスタンシアを妻にしてカスティーリャ王を名乗ったり、この人の(多分実力に見合わない)権力欲にはビックリです。
ホントこういうことを調べるのって楽しいですよねぇ~♪お疲れさまでしたv
ロンドン近郊に集中してるならなんとか…なるか?>自分
しつこいようですがスペイン語のサイトを見るのは苦じゃないのですが、英語だと思ってみると脳の疲労が激しくなります。うぅぅ

買いに行かずとも世界の地図帳がアレコレ出てきました!
どうなってるんでしょう、私の本棚…
Mlle.C様へ
エンリケ4世のママン、マリア・デ・アラゴンは息子と同じくカセレスのグァダルーペ修道院(「全スペイン世界の守護聖母」が祀られています)にお眠りのようですよ。
http://www.diomedes.com/guadpatrimonio.htm
ここの修道院の宿坊に一泊してアルブルケルケに足を伸ばすのもいいかもしれません。
行きたい…

おお! ありがとうございます。
立派な修道院ですね。
エル・インポテンテ(私の知る限り史上最もかわいそうな渾名)はママンと一緒に眠っているのか~
>ここの修道院の宿坊に一泊してアルブルケルケに足を伸ばす
いいですねー!
いかん、スペインに行きたくなってきた。。。

ロンプラスペインで調べてみたら、グァダルーペ修道院はアルフォンソ11世の創建とありました。
ますます行きたくなってきたー!

Mlle.C様へ
>エル・インポテンテ
私もこれ以上に情けない渾名は知りません(涙
超有名人のイサベル女王のエピソードでは必ず登場しますし、さらし者としか思えません。
さすがに修道院にはエンリケ4世としか載ってませんでしたが。
そうなんですよ!ここはアルフォンソ11世の創建なんですよー
サイト内に絵画やら王の手による手紙やらありましたが、あれってもしかして見学できるのかしら。
うぉぉぉぉー行きたいーーー!!!
本当に美しい修道院ですよね。
エストレマドゥラってスペインの中でもマイナーな気がします。もっとPRしてもいいのに。

ヨーク公は遺書でイサベルの傍に葬るよう指示していたのですね。
ドミニコ会のサイトを読んで始めて知ったのですが聖ドミニコはカスティリアのご出身だったのですね!
アルフォンソ8世の命でフェルナンド王子の結婚の交渉にオスマの司教とデンマークまで行ったのだとか(その姫は亡くなっていたそうですが)
ハートフォードにはヨーク公とイサベルの婚礼が行われたとされるハートフォード城があります。
当時はジョン・オブ・ゴーントの城だったそうです。
英文ですが写真が載っているのでどうぞ
http://www.hertford.gov.uk/

ねこだましい様へ
やっぱりイサベルの結婚生活は幸せだったんでしょうね(涙
ハートフォード城も行ってみたいです~
あぁ、英語に堪能ってステキなことですね。
うらやましいです~
ドミニコ会修道士といえば、フラ・アンジェリコ、ラス・カサス、そしてなんと言ってもドン・ペドロに焼き殺されたお坊さん(寝室をのぞいてる姿がちょっとかわいかった…)
ところで聖ドミンゴとレオノール・デ・グスマンってやっぱり親戚とかになるんでしょうか。

どこにコメントさせていただくか迷ったのですが、こちらの記事に書かせていただきます。
レスター城について調べる際に、コンスタンシアの埋葬場所についても調べたのですが、行方不明かもしれません… ↓
http://richard111.blog.ocn.ne.jp/richard/2007/09/constance_of_ca.html
くみぞう様、何かご存知ありませんでしょうか?

秋津羽さま
レスさせていただいたくらいしか情報がなくて(涙
今度スペイン語サイトも漂ってみますね。疲れ目で長時間ネットができない(年齢を感じます)ので、気長に調査したいと思っています。でもイングランドに嫁いだ王女のお墓の行方に興味を持つスペイン人って少ないかも。
きっと日本人の方が熱心ですよ(笑
La petrista del siglo XXI

くみぞう

Author:くみぞう

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