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マルティン・ロペス・デ・カルモナ?

スペインから取り寄せた本を読んでいると情報がバラバラでとまどうことがよくある。
例えば、ディエゴ・デ・パデリヤとマリア・デ・パデリヤは兄妹と書かれてたり、異母兄妹と書かれてたり。
意見の分かれるところなのか、学者といえどもスペイン人気質から抜け切れなくてアバウトなのか?
頼むから統一してくれよといつも思う。

中でもマルティン・ロペスについてかかれた本の中のある引用文には本当に驚かされた。
マルティン・ロペスの出身地はカルモナだと主張している学者がいるらしい。
マルティン・ロペス・デ・カルモナ…なんかしっくりこない。
彼の生い立ちについては明確ではないのでなんともいえないのだが。

比べてカストロ家は名家だけあって系図もしっかりしている。
カストロネット的な組織もあり、親族の交流も盛ん。
そこにはドン・ペドロとホアナ・デ・カストロとの間の子もしっかり記載されている。
今ではこの子供の存在を疑問視する学者はいないのだろうか。
メリメのように訴えられると面倒だし。

マルティン・ロペスの先祖については彼の娘の回想録に記されているが、多少の脚色とあえて事実を伏せているらしい部分もあり彼女の言葉をそのまま鵜呑みにするわけにはいかないようである。
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非公開コメント

やはり、愛すべきスペインアバウト、ですね。
日本でも「女」だけで、お仕舞いって家系図ありますよね。
でもコレは当時の男性優位社会の表れでもあるしょうが
スペインは、気質、でしょうね~(笑)
さすが!ガリシアの大貴族様は系図もシッカリ!
そちらの地方は、南部と気質も違うようですね。
認められている庶子はまだ良い方ですよね。
知られないだけで、どれ位・・・(苦笑)
歴史でも何でも、「どの方向から見るか」で
全然異なる解釈になりますからね。
私は「歴史は楽しむ」と言う主旨の時は
好みで決めております(クスクス)
でも、歴史にはそれだけでは済まない物も、
ありますからネェ(シミジミ)
ブログの件、有難う御座います。
お言葉甘えまして、URL書き込ませて頂きます。
もし宜しかったら、気軽な声かけ、してやって下さいね。
(小難しい事書いてありますが、
 私の本質はロレンスですから・・・クスクス)

希様へ
スペイン(カスティーリャ)でも、王様の子供は庶子でもしっかり
記録されていますが、貴族階級ではなかなか正確にはわからないようです。
グスマン家やカストロ家のような大貴族は別ですが…
ブログ開設おめでとうございます!パチパチ~
実は今日仕事中に拝見し、1人でウププと笑ってました。
いや、ほんとに勧誘商法に遭遇されたのかと(笑

ゴメンなさい、今気が付きました。
「王様関連ブログ」として、
御紹介して下さっているのですね!
有難う御座います・・・増やさねば!(決意)
でもエンリケやアラゴン王じゃ、皆引きますね~(クスクス)

くみぞうさん、こちらでもこんにちは。
勧誘>されませんぜ~ウフフ~(意味不明・笑)
一応、お勉強しましたからね。
引っ掛かったら・・・同期の恥、ザンス。
教えて>ポルトガルのイネス・デ・カストロは
ロド様と異母兄弟姉妹?
カストロだから、気になっていました・・・?
知っていたら、教えて下さいませ、です。

希様へ
リンクさせていただいてます~
事後報告でごめんなさい!
イネス・デ・カストロの件ですが、この時代のポルトガル、スペイン史を探ると
やはり気になるところですよねー
後ほど「ヒト」カテゴリにてご紹介いたします!

No title

くみぞうさま、お元気ですか? 
足は完治して、きっと素敵な靴を履きまくっていらっしゃることと思います(笑

ロペスのカルモナ出生説はカラトラバ騎士団の年代記の記述から来ていると思うのですが(出生地コルドバ、またはカルモナ、になっている)、私はこの本を読んでいた当時、ちょっと胸が熱くなってしまいました。もし本当にカルモナの生まれだったとしたら、後年、自分の生まれた町で城主になって、簒奪者相手にその町を守り抜こうとしたわけだから、どんな思いだったかなぁ、とか・・・

ロペス・デ・コルドバ家だから本拠地はコルドバで、ロペス・デ・カルモナにはならないでしょうけど、偶然カルモナで生まれたって言うことは全くありえないわけじゃないかもしれませんね。
本当はカルモナ生まれじゃなくても、カルモナ生まれと書く人がいたということは、やっぱりロペスとカルモナは縁が深いんだな、と改めて思いました。

この間、もう一度レオノール説について考えていたのですが、彼女の主張する「お父さんのお母さんはドン・ホアン・マヌエルの姪」というのを整理すると、ドン・ホアン・マヌエルの異母弟(庶子)のサンチョ・マヌエルが、イネス・アルフォンソ・サアベドラに産ませた娘レオノール・サンチェス(庶子)がロペスのお母さんということになるようですが・・・ イネス・アルフォンソ・サアベドラという人を調べてみると、おばあさんの兄弟と結婚していて(ひゃ~)、サンチョ・マヌエルの名前は出てこないんです。念のため、ここで妄想をたくましくしてみると、サンチョ・マヌエルに遊ばれて子供も出来たし>仕方ないので身内の年寄りに嫁にやってかたずけた、とかかな・・・(ちょっと無理?)
でも、もしそうだとすると、要するに庶系の塊なわけで、サアベドラ家の紋章も、マヌエル家の紋章も、本当はお墓に使っちゃヤバそうですね。
レオノールの他に何か言い残している人がいないから、比較の仕様がないですね。歴史の闇の中を懐中電灯をつけてのぞけたらいいのに。

ところで、よく言われているドミニコ会のお坊さんのアルバロ・デ・コルドバというのは、本当にロペスとサンチャ・カリリョの息子なんでしょうか。レオノールが彼には言及してないというのも、なんか変ですけど・・・ どこから「聖アルバロはロペスの息子」って言うのが出てきたのかな。本当に子供なのか、もしくはなにか縁があったのでしょうか。
分からないことだらけですね。妄想する分には楽しいけど!

No title

すみません、書き方が悪かったので補足です。

レオノールは聖アルバロの名前は出していますが、王様たちと並べて冒頭に名前を出しているだけで、兄弟として書いているように見えない、という意味でした。カタリナ・デ・ランカスターの宮廷では知己があっただろうし、本当に兄弟ならもっと(自慢げに)書くんじゃないかと思ったんですけど・・・しかもサモラ生まれって・・・ 
どうしてロペスと結び付けられたんだろう??
La petrista del siglo XXI

くみぞう

Author:くみぞう

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