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時の巡りあわせ

時の巡り合わせって不思議だなーと思う。
アルカサル完結編ではドン・ペドロの謀殺とベアトリスの誕生日が同じ日であることから、涙なしには読むことのできない感動的なストーリーが生まれた。
そんな巡り合わせで私と誕生日の繋がってる人は、アラゴン王フェルナンド2世とその孫で神聖ローマ皇帝フェルディナント1世。
えと、あまりにも微妙すぎるので私の運命的な巡り合わせは、ロペスと王様にお参りをした2年後にアルカサルが再開した、ってことで!

で、ざっと生没年を見てみると…

3月23日:ドン・ペドロ暗殺(1369)・ベアトリス誕生(1353)
1月18日:マリア・デ・ポルトガル死去(1357)・ポルトガル王ペドロ1世死去(1367)

そしてコンスタンシアが亡くなったのは、ドン・ペドロがモンティエルで謀殺されてから丸25年を過ぎた1394年3月24日。
ヨーク公エドムンド・オブ・ラングリーが再婚したのはイサベルが亡くなった1392年11月23日から丸1年が過ぎた1393年11月24日です。これはきっちり1年間喪に服した結果なのだろう。
やっぱり律儀な人だったのね。
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>アラゴン王フェルナンド2世と、その孫で神聖ローマ皇帝フェルディナント1世
この二人って誕生日が同じだったんですね。
知らんかった。。(←おい…)
彼らと同じ日に生まれたくみぞうさんは帝王の器!?
エドムンドさんはやっぱりええ人だったんですね。
後ろ盾もない流浪のイサベルを大事にしても政治的なメリットはほとんどないでしょうから、純粋に愛情からの行為なのでしょう。
本当に庶子の一人もいなかったのかな。
あの時代にこの愛妻家ぶり、いい人を通り越して奇特な人だと思われていたんでは、とちょっと心配です(笑)

Mlle Cさま
そうなんですよー。アラゴン系の2人と誕生日が一緒。
アラゴン…アラゴンか…ブツブツ。
>彼らと同じ日に生まれたくみぞうさんは帝王の器!?
ひえ~~~!私はジェイムズくんのサバ缶で十分です!ちゃり~ん♪
エドムンドさん、ほんといい人です。
コンスタンシアがいる限りイサベルに王冠が回ってくることはないし、もし回ってくるような事態になってもジョンのように実際に行動を起こしたかどうか。
ジョンが国内で根回しに励んでる間、イベリア半島でせっせと働いてたのはエドムンドですし、なんだか損な役割というか縁の下の力持ちというか、華やかな黒太子や強欲?なジョンよりも親近感がもてます。
ドン・ペドロ似のコンスタンシアは王位継承者としての勝利を、マリア似のイサベルは1人の女性としての幸せを得ることができたんだなーとしみじみ思います。
>あの時代にこの愛妻家ぶり、いい人を通り越して奇特な人だと思われていたんでは
一国の王女とはいえ、親もお金も持たないイサベルよりは、その辺の貴族の娘と政略結婚する方がよっぽどメリットがあったはずですからねー。やっぱり奇特な人です(笑
ところでエンリケ3世にも庶子や愛人はいなかったんですが、先の血筋を考えると、一瞬あらぬ疑いを持ってしまいました(笑

エドマンドさん、庶子がいたという記述は見たことがないのですが、本当にいなかったんでしょうかねー
>いい人を通り越して奇特な人だと思われていたんでは、とちょっと心配
Mlle Cさんが心配なさらなくても、奇特な人だと思われてましたよ、きっと!<日本語が変(笑)

>華やかな黒太子や強欲?なジョン
えーっとつまりこう置き換えればいいのでしょうか。
黒太子=エンリケ
ジョン=テリョ
エドマンド=ファドリケ
兄弟がたくさんいると、必ず要領のいいのと悪いのが出てきますよね(笑)。
でもやっぱり奇特な人か…。
エンリケ三世に愛人や庶子がいなかったのは病弱だったせいもあるのでしょうか。
フアン二世が生まれなかったらどうなっていたのだろう??
私が不思議だなーと思っているのは、フィリップ美公に庶子がいた記録が見あたらないことです。単にちゃんと認知しなかっただけかもしれませんが。

秋津羽さま
律儀な性格のようですから庶子がいれば認知くらいしてたような気がするんですが…どうなんでしょうね?
個性的な父や兄、甥っ子に振り回されつつも誠実に仕え、妻を大事にするエドムンド…日本人受けするキャラだと思うんですけど…地味すぎますかね??

Mlle Cさま
おれがイサベルと結婚するのは、おれの意志だ
おお~!しっくりきますね♪
ジョンを強欲呼ばわりするのは少々気の毒ですが、ジョンもテリョも野望家の割にはどこか抜けてるし、妻の権利で広大な領地を手に入れたあたりも似てるー。
>黒太子=エンリケ
黒太子がお怒りになられますー!
>フアン二世が生まれなかったらどうなっていたのだろう??
これはバイヨンヌ条約に明記されています。
エンリケ3世とカタリナのどちらかが子供を生さないうちに亡くなった場合、カタリナの親族は一切の権利を主張せず、王位継承権はトラスタマラ家の直系男子に継承されることとされました。条約締結当時でいえばエンリケ3世の弟で後のアラゴン王フェルナンド1世ですね。
カタリナが最初の子供を身ごもったのは20代後半でしたから、国王夫妻に子供が授かるかどうかを心配する声が多かったようです。
>フィリップ美公に庶子がいた記録が見あたらない
確かに意外です。きっとたくさんいますよ(笑
フアナが怖くて言い出せなかったのかも(女性もフィリップも)
La petrista del siglo XXI

くみぞう

Author:くみぞう

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