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コンスタンシアにまつわる伝承

青池先生、王城完成おめでとうございます!(とこっそり言ってみる)
ドン・ペドロの生涯さながら、さまざまな苦難に見舞われたこの作品。
見事に仕上げられたであろう「アルカサル」へ、早く入城を果たしたいものである。
青池先生の日記でも書かれていたが、ドン・ペドロ亡き後は女性たちが気持ちいいほど活躍する。
死亡率100%の作品もなかったかもしれないが、ここまで女性がメインになるお話もなかったんじゃなかろうか。
まだ読んでないけど。妄想妄想。
前置きが長くなったが、コンスタンシアに関する伝承をひとつ紹介する。

娘の結婚式が終わった後もカスティリアに留まっていたランカスター公爵夫人は、
モンティエルに埋葬されていた父王の亡骸を引き取り、これをセビリアへと運ばせた。
王と王族参列のもと、厳かに埋葬が行われたのを見届けた公爵夫人は、
彼女の領地であるメディナ・デル・カンポに向かい、その後の一時期をこの町で静かに暮らした。


この伝承、私はとっても大好きなのだが事実とは若干異なるようだ。
実際ドン・ペドロの亡骸を埋葬させたのは孫のコンスタンサだし。
以下、カタリナの嫁入りについて軽く触れるので「ネタバレいやよ」という方はご注意を。
1388年8月5日、カタリナはバイヨンヌでエンリケ王子との結婚契約に署名し、2日後には公爵夫人とカスティリア使節団に伴われて嫁ぎ先へと向かった。アヤラの記録によれば、一行は最短のルートでカスティリアに向かい、おそらく国境付近でカタリナは母と別れ一人でカスティリアに入り、9月17日頃にパレンシアで結婚式を挙げた。
ただし、エンリケ王子が未成年だったために床入式は先延ばしにされている。

コンスタンシアがカスティリア入りしたのは、国境でカタリナを見送って数ヶ月後。
秋も深まる11月に、彼女が継ぐべき領地、さまざまな権利や財産を受け取るためにやってきた。
王様!ポルトガルで撒き散らした金貨は、コンスタンシアがカスティリアで刈り取りましたよ!!
ホアン1世が提示した条件(公爵夫妻が放棄するカスティリア王位の補償金、年金の支払いなど)は膨大な金額に上り、その後数年間にわたってカスティリアの財政を悪化させた。
これが空手形にならなかったのは「これらの支払いが一定期間遅延した場合には、ランカスター公爵夫妻はカスティリア王位を要求できる」との条項が付記されていたためである。加えて王国の重要な町のいくつかがコンスタンシアに譲渡され、これらの管理について指示を行うために彼女はグアダラハラなどにしばらく滞在していたようだ。このことがドン・ペドロの埋葬に関する伝承を生んだのかもしれない。

ホアン1世が破格とも思える条件を示してでもカタリナ獲得を急がなければならなかったのには理由がある。
カスティリアとイングランドの同盟を危惧していたフランスは、ベリー公爵ジャンとカタリナの結婚を持ちかけていた。ランカスター公爵が乗り気であると聞きつけたホアン1世は密使を送って縁談を固め、大急ぎでカタリナをカスティリアに連れ帰り、あっという間に結婚式を挙げさせたのだった。
ランカスター公爵はポルトガル王ジョアン1世からカタリナとの結婚の申し出があったときにもフラフラと妥協しかけた節がある。当時、ホアン1世は王妃ベアトリス・デ・ポルトガルの権利によってポルトガル王位を要求していた。カタリナがポルトガル王妃になれば、ジョアン1世もまた王妃の権利によってカスティリア王位を要求することになっただろう。
1386年7月、3人の娘を連れて(ヘンリーは留守番)イングランドから半島へと渡ったランカスター公爵夫妻のもとをカスティリア側の使者が訪れ、エンリケ王子とカタリナの縁談をもちかけた。これはあっさり却下されたが、同時にコンスタンシアは、すでに14歳になっていた娘の幼さを理由にジョアン1世との縁談も断っている。その後、カタリナの異母姉フィリパがポルトガル王妃に迎えられた。
コンスタンシアの望みは、父王から不法に取り上げられた王冠を確実に取り戻すことだったと思う。ポルトガル王の協力を得てもカスティリアの王位を手に入れるのは確実ではないし、まして娘をベリー公爵夫人にすることは、彼女の目的から大きく外れてしまう。時に目的を忘れてフラフラする夫に釘を刺したり鼓舞したり、何かと働きかけていたコンスタンシアの様子も垣間見えて非常に頼もしい。
ドン・ペドロの子孫の帰還で王国の財政状況は厳しくなり、民衆の生活にも大きな影響を与えたに違いない。もしかしたら憎悪の対象になったのではとも思ったけれど、このような伝承が残っていることから察すれば、不運の王女は好意的に受け入れられたのではないかとも思う。



カスティリア王ホアン1世:エンリケの息子
カスティリア王妃ベアトリス:ポルトガル王フェルナンド1世王女
エンリケ王子:のちのエンリケ3世
ポルトガル王ジョアン1世:ポルトガル王ペードロ1世の庶子、フェルナンド1世の異母弟
ベリー公爵ジャン1世:フランス王シャルル5世王弟
留守番ヘンリー:カタリナの異母兄ヘンリー・ボリンブロク。のちのヘンリー4世。
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非公開コメント

コンスタンシアは再びカスティーリャの地を踏むことができたのですね。
まさに凱旋!
いいぞコンスタンシア!
(青池版のあの凛々しいコンスタンシアを思い浮かべると感動もひとしお)
青池先生の日記拝読しました。
後編で活躍する女性たちって誰でしょう。
コンスタンシア、イサベルは間違いないとして、カタリナの逆襲があるのかな?
あの優しく温和なウラカが意外にもカルモナで獅子奮迅の働きを見せるとか(笑)?
うーむ、今週末が楽しみです。

Mlle Cさま
青池先生はコンスタンシアの帰還を考慮して彼女の容姿をドン・ペドロに似せたのだなぁ…と、
今更ながらゾクゾクしています。なんだか…すごいなぁ…
姫金発売、いよいよ今週末ですね!
クーラーあたりで風邪ひいたり、書店に駆け込む途中ですっ転んだり…
なんてことにならないよう、お互い心して過ごしましょう!

コンスタンシア、カスティーリャの地を踏めたのですね!しかも、エンリケ息子に破格の条件までつけさせて(感無量)
コンスタンシアの帰還は、カタリナの結婚のことを考えれば不思議でも何でもないのですが、私、全く思い及びませんでした(汗)

秋津羽さま
コンスタンシアの帰還のシーン、実に感動的でした。もう胸がきゅうっと…あ、また涙が。
明日ぜひ手にとってご覧くださいね。
イングランド宮廷の描写もあり、このあと秋津羽さまの御方の時代に続いていくんだなぁとしみじみしてしまいました。
リチャード3世@青池版、読んでみたいですね。
秋津羽さまも明日無事に姫金入手できますように!

姫金、今日手に入れました。
プリンセスGOLD9月特大号(8月16日<木>発売)特別ふろくは「青池スペシャル」!! 単行本未収録の「アルカサルー王城ー」番外編の「天使(アンヘラ)の飛翔」&「エロイカより愛をこめて」のキャラクターも登場する「指輪物語~BLACK JACK ALIVE~」の2本立て。 だそうです!
完結編の感想はまた後日。

姫金、未入手です。今日、本屋に行けなかったので…す、すみません王様っ。怒らないでくださいっっ。
明日買いに行って売切れだったら、という恐怖にかられ、先程密林でポチりました。
>リチャード3世@青池版
そんなものを描いていただけた日には、感激のあまり、ぱったり倒れそうです(笑)
番外編で読んでみたいですね(イサベルの子孫とか)無理でしょうけれど。ちょっと世代が離れてますからね~
プリンセスGOLD、しばらく購入することはないだろうと思っていたら、9月特大号には「青池スペシャル」がつくのですね。忘れないで買わなくては。

ちょっと落ち着いてきました。。。
完結編でコンスタンシアが父の葬儀と姉の遺体の移葬をするのは、この記事で書かれている伝承をもとにしたのかなと思いました。
史実もそうであったら良かったんですけど(涙)。
晩年のアラゴン王はなんだか感じのいいおじいちゃんになってましたね。
ブス姫がちらっと出てきたのも嬉しかったです。
そうそう、秋津羽さんに伺いたいと思ったのが、イサベルの子供たちについて「長女コンスタンスの流れが薔薇戦争で有名なリチャード三世につながる」と注記してあったこと。
これはアン・ネヴィルの血筋について言っていると考えていいのでしょうか?
リチャード三世自身はイサベル次男のリチャード・オブ・コニスバラの血統ですよね。

お呼びでしょうか?(笑)
>長女コンスタンスの流れが薔薇戦争で有名なリチャード三世につながる
おお、そんな記述が!って、あれ?
>リチャード三世自身はイサベル次男のリチャード・オブ・コニスバラの血統
ですね。気になってちょっと調べてみました↓ が、調べた範囲では、リチャードIIIはイサベル長女の直接の子孫ではないようです。…ミスプリでしょうか?
イサベルの長女コンスタンス・オブ・ヨークとトマス・ル・デスペンサーの間の子は5人いますが、そのうち3人は夭折。次男(確か)のリチャード・デスペンサーと妻エレノア・ネヴィル(リチャード3世の母シシリィの姉妹)との間には子はありません。
次女(たぶん)のイザベル・デスペンサーの結婚は2回で、1回目はウースター伯リチャード・ビーチャムと、2回目は13代ウォーリック伯リチャード・ビーチャムと。
イザベル・デスペンサーと13代ウォーリック伯の孫がイザベル・ネヴィルとアン・ネヴィル(リチャード3世の妃)。一方、ウースター伯との子孫もネヴィル一族につながりますが、リチャードIIIに直接はつながっていないよう。
コンスタンス・オブ・ヨークにはケント伯との間の庶出の娘もいますが、そちらとのつながりはなかった筈です。

ねこだましいさま
月曜日にようやく入手!特別ふろく楽しみです♪
でもでも…未収録分、コミックスになるんでしょうか…なんだか不安です。
一応アンケートでお願いしときましたが…
はっ!そういえば図書カード2枚申し込んだのに1枚しか来てなくて
問い合わせしたのにすっかり放置されてます(涙
ねこだましいさまの感想、楽しみにしていますね~(私の方は仕事が立て込んでいてなかななか…

秋津羽さま
こちらでは入荷が遅れて月曜日になった模様です。
月曜の朝イチで書店にきれいに積まれてましたから~

Mlle Cさま
「アルカサル」では、伝承と史実と創作が巧みに融合していますよね。
史実は置いといて、私の中では「アルカサル」が、正しいカスティーリャ史です!
レオノール王女が亡くなって涙するアラゴン王、家族思いの良き父でもありましたね。
登場人物が美老人化していたのが、嬉しいような寂しいような…
>長女コンスタンスの流れが薔薇戦争で有名なリチャード三世につながる
↑コレ、私もあれ?と思ってたんです。
あれこれ本を取り出してみましたが、やはりたどり着かず。
秋津羽さま
そんなわけで秋津羽さまの解説をお待ちしてました♪
やはり彼女の子孫が直接薔薇戦争に絡むわけではないのですよね。
ミスプリでしょうか。うーん。

>くみぞうさん
>美老人化
確かに…
アラゴン王、若い時よりもかっこよくなってましたね(笑)
あとポルトガルのフェルナンド一世がなにげに美形でした。
誰に似たんだろう。
コンスタンサ・マヌエルか?
>秋津羽さん
説明ありがとうございます!
やっぱりアン・ネヴィルのことを言っているのでしょうかね。
単純な間違いにしても、そんな複雑な勘違いするとも思えないし…

Mlle Cさま
>ポルトガル王フェルナンド
いやほんと、今までポルトガルにいなかったタイプの美形ですよね(笑
雰囲気も調子に乗りやすいところもホアン1世と似てるし、もしかしたらマヌエル家の血のせいかも。
残念ながらナバーラ王カルロスは美老人とはならなかったようですね(笑
La petrista del siglo XXI

くみぞう

Author:くみぞう

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