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ドン・ペドロの結婚事情

以前の記事フランスのブランシュ、ナバーラのブランカでチラリと触れたドン・ペドロの結婚について、もうちょっと詳しい事情がわかった。




ドン・ペドロが誕生した当時の近隣諸国の王様
 アラゴン…アルフォンソ4世 在位:1327-1336
 ポルトガル…アフォンソ4世 在位:1325-1357
 イングランド…エドワード3世 在位:1327-1377
 フランス…フィリップ6世 在位:1328-1350
 ナバーラ…フアナ2世 在位:1328-1349

この中でドン・ペドロと近い年頃の王女を挙げてみる。

イングランド王女
・イザベラ(1332.6.16-1379.5.4)
 1335年ドン・ペドロに最初に持ち込まれた縁談の相手。
 時期尚早ということでアルフォンソ11世から断られる。1365年にべドフォード伯爵に嫁ぐ。晩婚だ。
ジョーン(1333.2. or1335?-1348.9.2)
 1345年ドン・ペドロと婚約。1348年カスティリアへの旅の途中、バイヨンヌ ボルドーでペストにより亡くなる。

ナバーラ王女
・マリア(1330-1347)
 1338年アラゴン王ペドロ4世と結婚。ブス姫ホアナママ。
・ブランカ(1333-1398)
 1349年にフィリップ6世の二番目の妃となる。1350年に王が亡くなり、1351年に娘ジャンヌ誕生。

アルフォンソ11世は1345年のイングランド王女ジョーンとの婚約と並行して、フランスの姫君たちとも婚約協定を結んだ。当時のノルマンディー公、後にフランス王になるジャン2世の娘たちである。長女ジャンヌが結婚前に亡くなったときには次女マリーと結婚するという内容だった。
ノルマンディー公女
・ジャンヌ(1343-1373)
 1352年ナバラ王カルロス2世と結婚。
・マリー(1344-1404)
 1364年Bar(なんて読むの?)公爵ロベールと結婚。

ところがアビニョン教皇クレメンス6世の提案により、年少のジャンヌ、マリーよりもブランカ・デ・ナバーラとの縁談が薦められ、両国で承認される。
最終的にアルフォンソ11世はイングランドの王女を選び輿入れとなったものの、前述の通りジョーンは旅の途中で亡くなってしまう。
また、1348年に王妃ジャンヌ・ド・ブルゴーニュを亡くしたフィリップ6世はカスティリアとの婚約協定を破棄し、1349年にブランカ・デ・ナバーラを王妃に迎える。

1350年3月にアルフォンソ11世のあとを継いでドン・ペドロが即位したが、この年にドン・ペドロは熱病で生死の境をさまよい王国は混乱に陥る。アルフォンソ11世の嫡子はドン・ペドロだけ。そのドン・ペドロにはまだ世継がいないことから、王国は継承者を持たない王に危機感を募らせ、王妃選びが急がれた。

まず候補にあがったのがブランカ・デ・ナバーラ
フィリップ6世は1350年8月に亡くなっており、彼女は17歳で未亡人になっていた。
1351年には娘ジャンヌも誕生し実績は十分。カスティリアの世継誕生も期待できる。
ところがブランカは「フランス王妃で再婚したものはいない(二夫に見えず)」とこの申し出を拒否。
そうなんですか?↑Mlle Cさま
教皇クレメンス6世自らが長期にわたって説得したがその意志は変わることはなく、生涯再婚することはなかった。

フランス王となっていたジャン2世の娘たちはこのとき7~8歳。とても世継を望める年齢ではない。ブランカ・デ・ナバーラの説得を諦めたカスティリアはフランスに「ブルボン公の娘のうち、未婚で最年長の娘」との結婚を要求した。ブルボン公の長女ジャンヌは1350年に後のシャルル5世と結婚していたため、自動的に次女のブランシュがお妃候補となったのだった(そんな理由で…

エドワード3世は、なぜイザベラとの結婚を再び提示しなかったのだろう??
彼女の晩婚の理由も何か関係があるのだろうか。婚約、破棄のくり返しで遅くなったとか?
また、カスティリアがブルボン公女を指名したのはなぜ?
次期フランス王妃を輩出しているから、とかなのだろうか。
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tag : ブランシュ・ド・ブルボン ブランカ・デ・ナバーラ ジョーン

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非公開コメント

もしイザベラを王妃に迎えていたなら歴史はどう変わっていたのでしょうね。
もしも『王の役目』を果たして世継をこさえてたら…
エンリケがないものねだりでしゃしゃり出てくる余裕はなかっただろうし…(イヤ、奴のことだからお世継暗殺を企てても王位を横取りしようとしたかも)
ブルボン公女を指名した理由…
『顔』…?(笑)
マリア様に匹敵するくらいの美人じゃないと王様の気に入らないだろうと母大后や宰相が心配したから(?)
あぅぅぅ…毎回アホな感想ばかりでごめんなさい。
どちらにしろやはりマリア様への愛は変わらなかったことでしょうね。

イザベラについてですが、
ウィキ英語版の「(ベドフォード伯)インゲルラム・ド・クーツィー」に“彼女の幾つかの婚約交渉は失敗していた”とありますが詳しいことは分かりませんでした。
しかし、“過剰に甘やかされ、我侭でむやみに贅沢な王女と言われていた”ともあり(そうも成ろうというもんです)そういった悪評が影響したのかもしれません。
また“彼女の父は荘園、城、小修道院がある領地と高価な宝石類など相当な財産を彼女個人へ譲渡した。”ともあり、その事と彼女の年齢から悪評が生まれたのかも知れません。テキストの参考文献は『八月の砲声』で有名なバーバラ・W・タックマンの『A Distant Mirror』。 彼女はジャン・フロワサールの「年代記」を参考にしているようです。残念ながら和訳は出てませんでした(涙)

RINOさまへ
>もしも『王の役目』を果たして世継をこさえてたら
本当ですね。もしそうだったら歴史はどんな風に変わっていたのでしょう。
エンリケはお世継ぎ暗殺を画策→逮捕されて投獄、ねずみのしっぽに助命嘆願書をくくりつけて…ハッ!ディエゴの呪い!?
当時のフランス国内でブルボン公の立場がどんなもんだったのか不明なのですが、もしかして王の権力のそばにいたのかなーとか思ってみたり。
でも、やっぱりドン・ペドロの好みに合いそうな姫君というのが第一条件だったかもですね(笑
アルカサルのブランシュ姫同様、史実のブランシュ姫も金髪に透き通るような白い肌の美少女だったそうですから…
それでもやっぱりマリアへの愛は変わらなかっただろうと私も思います!

ねこだましいさまへ
おおお!情報ありがとうございます!
英語版ウィキを見るなんてこれっぽっちも思いつきませんでした!だって私は文盲ですもの(涙
イザベラの妹たちは夭逝が多いし手元に置いておきたかったのかもしれませんね。長女として外国に嫁がせる思惑もあったかもですが、あれこれ画策してるうちにお相手候補がいなくなってしまったあたり、ドン・ペドロの境遇と似てる…
いつの時代でも女性がいつまでも独身でいると色々な噂が立つものですが、女傑タイプの母親似と思われてたかもですね(本当にそうだったりして)
>フロワサールの年代記
これ読みたいんですよ!もちろん日本語で!!!
アヤラの場合、エンリケを正当化するためにドン・ペドロを貶めるという手法を使っているためあまり公正な年代記とはいえないんですよね。それでも欠点ばかり書かれてるわけじゃないところが王様のスゴイところであり、アヤラの職人の良心なんでしょうけど。

呼ばれたので出て来ました。のこのこ。
>「フランス王妃で再婚したものはいない」
アリエノール・ダキテーヌ(1124-1204)がいますよ。
フランス王ルイ7世と離婚後イングランド王ヘンリー2世と再婚してます。
ただ彼女の場合、ルイ7世との婚姻は無効扱いになったようなので、そのあと結婚しても「再婚」のうちに入らないのかもしれません。ちょっと屁理屈っぽいですが。
ちなみに彼女がヘンリー2世との間に産んだ王女アリエノール(レオノール)はカスティーリャのアルフォンソ8世に嫁いでます。
その他にもリチャード一世、ジョン王などを産んでいて、中世ヨーロッパの母という感じですね。
離婚ではなく死別後再婚した王妃は……ちょっと14世紀以前には思いつきません。
メロヴィング朝なら多少いますが(有名どころで西ゴート王女ブルンヒルドとか)、フランスというよりフランクだし…。
ドン・ペドロよりもあとの時代になると、シャルル8世と死別したブルターニュ女公アンヌがルイ12世と再婚しています。
後は、メアリ・スチュワートもフランソワ二世と死別後、祖国で再婚してますね。

くみぞう様、パスのご連絡ありがとうございました。
イザベル・プランタジネットの晩婚の事情、気になります~
ねこだましい様ご指摘の、英語版wikipedia以外に何か記載がないか探したのですが、見つけられません。
せめて、ジャン2世関連で、Enguerrand VII de Coucy のことが書かれてないか、手持ちの百年戦争本(by フィリップ・コンタミーヌ)も見てみたのですが、記載なし orz
フランス人の資料の方が載ってそうな気が(何となく)するのですが。
ところで、Enguerrand de Coucy はどう読めばよろしいのでしょうか。もともとフランス貴族?のようなので、自分のサイトではアンゲラン・ド・クーシーと記載したのですが(本当に合ってるのかな 汗)この人の城はクーシー城と読むのが慣例のようですが…フランス語はわからないのです(泣)

>秋津羽さん
横レスすいません。
こんな時しか役立たない元仏文学徒ですもの。
Enguerrand de Coucyはアンゲラン・ド・クーシーで良いと思います。
クーシー城……ここはわたくしにとって無念の残る場所でして。
フランス革命期にサン・ジュストと言う人がいまして、私が10代の頃にたいへん惚れ込んでいた若き美貌の革命家なのですが、彼が少年時代にデートコースにしていたのがクーシー城なのです。
4年前、彼の実家を訪れた際に、クーシー城(いい感じな廃墟になっている)にも行ってみようとしたのですが、いきなり高熱を出してしまい這うようにしてパリの宿に帰りました。うううう思い出しても悔しい~~~。
くみぞうさん、本題とまったく関係のない自分語り失礼しました…。

Mlle Cさまへ
>のこのこ
そ・そんな恐れ多いです。
庶民の声に応えて女王様のおな~り~♪
ああ!ブルターニュの乙女、アリエノール・ダキテーヌ!(この愛称はイヤミか…
ヘンリー2世は女帝モードの息子ですね(ワクワク
ブランカ・デ・ナバラは私的な図書館のようなものを持ち、当時の女性にしては珍しく大変博学だったとか。アリエノールの場合も「無効なんだから再婚じゃないわよね。ふんふん♪」とか思ってたんでしょうか。王妃として宮廷で過ごした期間は短かったけれどその矜持は立派です。
なんとなくこの頃ってバンバン結婚無効を申し立てられちゃって事実上の離縁に追い込まれるケースが多いような気がしてたんですが、フランスはそういうケースは稀なんですね~

秋津羽さまへ
気になりますよねー。イザベラの晩婚の理由!
って、イザベル・イザベラ・エリザベス??どれが正しいんですかね?
もしかして黒太子を亡くしたエドワード王が嫁に出すのを嫌がったのか?と考えたりしてたんですけど、没年確認すると全然関係ないし…当時の各国の状況を照らしてみてもあんまり影響はないようだし、国内事情か、あくまでも個人的な事情によるものなんでしょうかね??

Mlle Cさまへ
横レスなんてとんでもないです!
どんどん書き込み&解決お願いいたします!
Mlle Cさまのところでよくサン・ジュストさまのお名前は見かけますが…もしかして旅行記にもそんなエピソードがあったような、と行ってみたら見られませんでしたよー(涙

くみぞうさま
Isabella、Isabel両方の表記があります、って書こうとしてWebをまわったら、英語サイトではIsabellaばっかり(汗)。こっそり自サイトでの表記をイザベラに直しました(笑)Elizabethと書かれることは少ないんじゃないかと思います。
英語版Wikiから想像(妄想)すると、イザベラ婚約→破談→婚約→破談(以下略)って感じだったんでしょうか?ドン・ペドロとの婚約話が持ち上がった時はイザベラは別の人と婚約してたとか?そのうちに妹達は先に結婚した上に早く亡くなり、イザベラだけ残ったと。
ド・クーシーは、ジャン2世と共に捕虜になった貴族達の1人のようですが、「ウチの長女と結婚しない?領地も返すし、身代金もタダにするから」とかエドワード3世に言われて承知したのかな、ひょっとして。「ついでに公爵位をあげよう」とか。…妄想しすぎ?(汗)
>Mlle Cさま
わーい!ご回答ありがとうございます。
実は、アンゲラン・ド・クーシーの読み方を調べようとして、クーシー城に行き当たったのですが、「サン・ジュストゆかりの」と書かれてる方がいて、フランス革命の・ベルばらの・革命の大天使か?と思って、Mlle Cさまのサイトに確認しに行きました(笑)
…私、ベルばら読んでないのですよ。世代的には普通なら読んでる筈だと思うんですが。漫画を熱心に読み出した(笑)のが割と遅かったので、ベルばらの全盛期を過ぎてたのかもしれません。で、竹宮恵子さんとかに進んだのですが、何故か「風と木の詩」も「ファラオの墓」も中途半端にしか読んでないという(苦笑)
脱線、失礼いたしました~

↑のコメント、「公」でなく、べドフォード「伯」でしたね。すみません m(_ _)m

秋津羽さまへ
イザベラ婚約→破談→婚約→破談って当時の王族の縁談にはありがちなことだったんでしょうけど、タイミングを逃すと相手で妥協するか、時期を遅らせて待つかしかなかったんでしょうね。
ドン・ペドロは王であるために早く結婚しなくちゃいけなかったし、イザベラは持ち駒として大切にされた。王妃を亡くした国に再婚相手として送り込むこともできるわけですからね~
>こっそり自サイトでの表記をイザベラに直しました
実は私もあります(笑
ベアトリスという名前も国や資料によってはイサベルとかコンスタンサになってたりするので(汗
>エドワード3世に言われて承知した
おお!ありそうです!なるほどーと思ってる間に私にも妄想がわいてきましたよ!
黒太子が友人のように遇していたジャン2世に縁遠い妹のことを愚痴る→「適当な爵位をつけて誰かに押し付けよう!」と2人で結託→ド・クーシーが選ばれた。
どうですか?笑
私もベルばらとかキャンディ・キャンディ世代なのにどちらもまともに読んでないんですよー
アニメでは見ましたが…
ベルばらは手を出すと大ハマリしそうで悩みます~

くみぞうさま
>→「適当な爵位をつけて誰かに押し付けよう!」と2人で結託
わははは。楽しいですね~
ああ、でも、ジャン2世、1364年に亡くなってるんですよね。生前に「今ロンドンにいる連中から選んでいいぞ~」と言ってたとか?(妄想妄想)
>キャンディ・キャンディ
大人になってから、文庫版全6巻が出た時に、友人から借りて(突っ込みを入れつつ 笑)読みました。面白かったですよ。

秋津羽さまへ
妄想はどこまでも膨らみますね~うふふ♪
昨日「青池文庫」専用にと本棚を買ってきたのですが、詰めてみたらアルカサル関連でほぼ一杯になってしまい愕然…結構な大きさだったので十分だと思ったのになぁ
スペースが空いたら昔読みそこねたマンガとか買ってきちゃお~♪とか思ってたんですけど。
もうひとつ買ってからになりそうです。くすん
La petrista del siglo XXI

くみぞう

Author:くみぞう

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