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【1】カスティリア王とデ・ラ・セルダ親王家

カスティリア王位を簒奪したエンリケ・デ・トラスタマラ。
しかしその正統性の疑わしさは後々まで影をさすことになる。
結局お互いの孫エンリケ3世とカタリナ・デ・ランカスターの結婚、両者の血をひくホアン2世の誕生によって名実共に正統なカスティリア王が誕生。めでたし、めでたし。
が、エンリケ以前にも簒奪者はいた。アルフォンソ11世の祖父にあたるサンチョ4世。
そして、このときの正統な王位継承者の子孫はホアナ・デ・ビレナ。
デ・ラ・セルダ親王家の末裔である。

母からカスティリア王国、父からレオン王国を相続したフェルナンド3世(エル・サント-聖王-)。
その息子アルフォンソ10世は父王の偉業にならいレコンキスタを推進、また、母ベアトリス・デ・スアビアの血筋により神聖ローマ皇帝位を狙い、金と力をつぎ込むがことごとく失敗する。軍事面での才能には恵まれなかったが、メスタ(牧羊組合)の整備、七部法典、世界史、イベリア史の編纂、アルフォンソ天文表を作成。すぐれた詩人でありガリシア語による「聖母マリアの古謡集」でも知られる。カスティリア語文法の制定やトレドに学者を集めて、古文書の収集、保護を行い西欧各国の言語に翻訳させるなど、文化芸術面の功績から「エル・サビオ-賢王-」と呼ばれる。

長男フェルナンド・デ・ラ・セルダが自身より先に亡くなったことをきっかけに失政に対する批判が高まり、王の次男サンチョが王位を要求。カスティリア貴族たちの支持を得て蜂起する。
アルフォンソ10世は唯一忠誠を保っていたセビリアに追い詰められ、幽閉中の1282年「王位はフェルナンド・デ・ラ・セルダの長子に相続させること、自身の次男であるサンチョからは相続権を剥奪する」との遺言を遺した。
しかし2年後、王が亡くなるとサンチョは遺言を無視してトレドで戴冠しサンチョ4世を名乗った。
「アルカサル」にも触れられているが、デ・ラ・セルダ親王家、デ・ララ家とカスティリア王家の王権を巡る確執はこの時生じた。
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