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イサベル・デ・サンドバル

イサベル・デ・サンドバル(1340-1371?)
ドン・ペドロの嫡子アルフォンソ(1359-1362)の乳母。
後にドン・ペドロの愛妾となったイサベルは、1362~3年頃にサンチョ、1365年頃にディエゴと2人の男子を産んだ。

マリア・デ・パデリヤが亡くなったのは1361年。アルフォンソが亡くなったのは1362年。
王様ったらマリアとアルフォンソ坊やを亡くした寂しさでついついお手付きしてしまったのね、と思いたい。大きなお腹を抱えた愛妾の存在は、王様を愛する1人の女性としてのマリアを悲しませるだではないか。
自分の死後、王が愛妾を王妃に迎えたら?
生まれた子供が王国の継承者とされたら?
生前のマリアにとっては、結婚も、王妃としての地位もまるで不確かなものだった。
残される子供たちの将来を案じながら死んでいかなくちゃいけないなんて辛すぎる。

というわけで以下くみぞう的脳内時系列。

マリア・デ・パデリヤ没

イサベル乳母になる

アルフォンソ没

イサベル愛妾になる

サンチョ誕生

こんな感じでお願いします、王様。

王は慣習に従って、彼自身の救霊のために慈善基金を命じ、ことに彼を栄あらしめたことは、モール人のもとにおけるキリスト教徒の捕虜の釈放であった。宗教上のある感情によって命じられたこのこのような処置の後すぐにまた別の、おそらくはたいへん違った動機による処置が見られた。
それは指名された4人の婦人が尼僧になる条件のもとに、最初の人は2千カスティーリャドゥーブルを、残りの3人は千ドゥーブルだけもらったことだった。この最後の条項は、死なずに生き残った1人の横暴な嫉妬心がそうさせたのであって、それが一般に知られていない情婦たちを意味するかどうかは疑うまでもあるまい。

ドン・ペドロ1世伝/メリメ全集4-史伝1-河出書房新社

「生き残った1人」とは、イサベル・デ・サンドバルを指しているのだろうか。
イサベルは王に男子を与え、他の愛妾たちを排斥してその寵愛を一身に集めた。
この後のドン・ペドロの運命を思えば、ほんの一時王妃としてもてはやされるよりも、数多の愛妾の1人であった方が幸せだったかもしれないのだけれど。

モンティエルでドン・ペドロが謀殺され、イサベルはマルティン・ロペスらとともにカルモナに篭城、長期にわたって抗戦を続けるが、やがて新王エンリケ2世の前に投降した。
イサベル・デ・サンドバルはセビリアに送られ、罪人として市中を引き回された。その後の彼女についての情報は得られていないが、おそらく悲しい結末を迎えたのだろう。
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La petrista del siglo XXI

くみぞう

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