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ベアトリスの行方

「ドニャ・マリア・デ・パデリヤ-残酷王ペドロの良天使-」DOÑA MARIA DE PADILLA: EL ANGEL BUENO DE PEDRO EL CRUEL(Carlos Ros/editorial castillejo)に、ベアトリスのその後の運命について気になる記述を見つけた。

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ベアトリス

1353年3月23日ドン・ペドロとマリア・デ・パデリヤの最初の娘としてコルドバに生まれる。
ドン・ペドロは6月3日にブランシュ・ド・ブルボンとの結婚を控えていたが、直前まで長女の誕生を祝っていたという。
ドン・ペドロが異母兄ファドリケをセビリアのアルカサルで殺害したとき、追い詰められてマリアの部屋に逃げ込んだファドリケの部下(アルカサルではファドリケ本人)に楯にされるが、ドン・ペドロによって助け出される(ベアトリス5歳の頃)。
1361年に母マリアが、ついで翌年には弟のアルフォンソ王子が亡くなり、カスティリア王位の第1継承者に指名される。

1366年、窮地に立たされていたドン・ペドロはベアトリスを婚約者のポルトガル王子のもとへ向かわせる。
持参金やその他の財産、マリアの所有していた宝石類を財務官のマルティン・ヤニェスとともに船でポルトガルへ向かわせるが、ボカネグラに強奪される。
おそらくマルティン・ヤニェスとボカネグラの合意の上のことで、ボカネグラたちはこれを持ってエンリケの下へ走った。
ドン・ペドロはコンスタンシアとイサベルを連れ、マルティン・ロペス他数名の忠実な部下とともにポルトガル王が滞在するバルラダ城へ向かうが、送り返されてきたベアトリスとコルシェで出会う。

ポルトガル王は自ら誓約を破ったのを粉飾しようとする労もとらずに、このような返事を与えて若い姫君を国外に送り出させたのである。
「ドン・フェルナンド親王は、もうおまえさんと結婚したくないとな」
ほとんどそれと同時にポルトガルの一貴族が主人からだと言って、誰もサンタレンでドン・ペドロを迎え入れないし、ポルトガルに彼が身を寄せる避難先はない旨を伝えにやってきた。
王は一言も答えずに陰気な顔をして使者の言うことを聞いていたそうである。
それから彼は供まわりの騎士の1人とだけになると、腰に下げた銭入れをさぐって金貨をいくつか取り出し、それを彼が足をとめていた家の屋根めがけて放り上げた。
この動作を見てびっくりした騎士は、こんな不親切な土地に金貨をまき散らすくらいなら、仕えている誰かに与えた方がよっぽどましでしょうにと注意した。
「そうさ、予はまき散らした。だが、そのうちいつか刈り取りに来るさ」と、王は残忍な微笑を浮かべて言った。

   -河出書房新社メリメ全集4 ドン・ペドロ一世伝より-

3人の娘を連れたドン・ペドロは、ラ・コルーニャからバイヨンヌへ向けて出航し、ブルターニュで黒太子と面会しイングランドの支援を仰ぐ。
ドン・ペドロが持ち出すことのできた少々の財産はイングランドに差し出され、3人の娘たちは人質としてバイヨンヌに留め置かれるが、ドン・ペドロの死後、コンスタンシアとイサベルは黒太子の弟たちと結婚する。
生前ドン・ペドロは、イングランド王の息子と自分の娘たちの結婚についてマルティン・ロペスに交渉させていたが、王冠の継承者であるベアトリスの結婚は、妹たちよりもさらに慎重に検討されたに違いない。

トルデシーリャスのサンタ・クララ修道院は、ドン・ペドロの父アルフォンソ11世により愛妾レオノーラ・デ・グスマンのために建設され、ついでドン・ペドロの愛妾マリア・デ・パデリヤの宮殿となった。
ドン・ペドロはマリアの死後、宮殿を修道院に改めさせるようベアトリスに命じている。
1369年、ドン・ペドロの亡くなった年にベアトリスはサンタ・クララ修道院に入り、同年短い生涯を終えたとされる。
ここでは、高貴な女性が虜囚として過ごすこともまれではなかった。
ベアトリスもエンリケによって修道院に入れられたのだろうか。
その経緯も、亡くなった理由も、その後の彼女の行方もわからない。
誰かご存知でしたらお知らせください…

Mlle.C様のトルデシーリャス滞在記はコチラ
La petrista del siglo XXI

くみぞう

Author:くみぞう

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